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ピエ・ノワール④|仏人相棒一家の旅路 ママンの掲示
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はじめに

ピエノワールとは?
1930年~1962年の間、当時仏領だったアルジェリアなど北アフリカに住んでいたヨーロッパからの移住者。フランス、スペイン、ユダヤ系等などで、100万人程いた欧州系移民の事。

前回までのお話、私のフランス人相棒とママンの物語

相棒のママンは、故郷のスペインの小さな村で一番の美少女に選ばれる程の美少女でした、14歳で婚約した、フランス人男性と16歳で結婚をしました。

一攫千金を夢見る夫と、欧州系移民としてアルジェリアに渡ります。彼との間には2人の子供が誕生し、平穏日々が続くはずでしたが、、
彼はある日突然、妻と子供を置き去りにして蒸発します。

彼女はその後2番目の夫と幸せな結婚をし、彼との間にも男の子が誕生します(仏人相棒)しかし、2番めの夫も病に倒れ帰らぬ人となってしまします。

その後、、、、3人の子供を持つ未亡人として、アルジェリアでの厳しい暮らしを、持ち前の才覚で切り抜けていた、相棒のママンでしたが。

一家はママンと相棒、お兄さんと、お姉さん(2番めの夫との子供は相棒一人)の4人家族。

アルジェリアの厳しい生活環境下、相棒一家は、貧しくも、楽しく、たくましく暮らしていました。

ママンの掲示

が、、そんなある日突然、

天から掲示でも、受けたかのように、彼女はアルジェリアを去り、フランスに帰る事に決めました。

ママンは「南仏プロバンスの地に、移り住む」というのです。

そこは、彼女の旦那さんが、元気だった頃、休暇で家族みんなで訪れた、楽しい思い出の地でした。

そうと決めると、、

彼女は、全ての家財道具を、売り払い、

一家の少しばかりの衣類と、本当に大切なものを、トランクに詰め込み、船出の用意を整えました。

たった一つの小さなトランクが、一家四人の全財産でした。

vernet-marseille写真出典:https://pixta.jp/tags/

 

こうして彼らは、アルジェリアの港から船で、アフリカ大陸を後にして、マルセイユの港にたどり着き、フランスへ帰還しました。

 

その後、相棒一家は、南仏プロバンスのボニューという小さな村の、小さな家に、落ち着いたのでした。

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危機一髪

その直後に、なんと

アルジェリアで、独立戦争が勃発しました。

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危機一髪でした!

奇跡的なタイミングの、ママンの決断でした。

一家は大きな災いを、戦争を、逃れる事ができたのです。母の直観に、救われました。

もしも彼女が、フランスに移り住む事を、思い立たなければ、、、

一家は戦争の混乱に巻き込まれ、どんな目に遭っていたか、わかりません。

プロバンスの小さな村の家

プロバンスの地では、相棒のママンが、貧しい中で貯めたお金で、小さな家を買いました。

ボニューと呼ばれる、その南仏の村は現在人気の観光地になっています。

小高い丘に南仏独特の、家並が可愛らしい景観の小さな村です。

彼らが暮らしていたという、その家に仏人相棒に、以前連れて行ってもらった事があります。

その家には、見知らぬ人が住んでいましたが、、

南仏の風景が、見下ろせる高台に建つ、その小さな家は、まるで、おとぎ話に出てくるような、可愛らしい家でした。

14歳で大人扱い

このプロバンスの村を訪れ、一家が住んでいた家へいき、外からでしたが家について仏人相棒が、家について説明してくれました。
南仏らしい素敵な小さな家にはガレージがあったのですが、ママンは相棒が14歳の時「お前はもう一人前なんだから、ここを好きなようにお使い」と彼専門の部屋として、くれたのだそうです。

それは、、、
「彼が一人前になった事を認め、彼の場所として、そこに、女の子を連れ込もうと、何を持ち込もうと、散らかそうと、何でも好きにしていい」という事だったんです。

理想だと思います。がすごい事です。

彼は14歳にして、その部屋に人生初の投資をしてみました。貯めていた小遣いで、大きな家具を買ったのです。その家具は今でも家でシーツ入れとして、使っています。

相棒は空間的センスが抜群です、身の回りの整理もきちんとしています。相棒のママンのくれた信頼と自由な環境が、彼のセンスの良と、持ち物に対する責任感を育てたのでしょう。

超有名観光地となり、変容した、小さな村

この村に、私達が行った時、一家が住んでいた当時の住民は、殆んど全員の、他へ引っ越していました。騒々しい観光客が来る、観光地に住む事を嫌ったのと、固定資産税が、高額になったのが理由らしいです。

私たちが知る、プロバンスとは違う側面です。

プロバンスのボニューというこの小さな村は、相棒一家が越してきた当時は、ただの片田舎の小さな村でした。

が、その後しばらくして、

プロバンスに、ブリジット・バルドーやら、、、とかく派手な有名人が、移り住み別荘地として有名になるとお陰で、家、土地、不動産の価格が高騰し、一般の人には手の出ない価格になりました。

又諸々の税金も高額になり、庶民が住み続けるには難しい地域になりました。

戦争のことと言い、家の購入といい、直感を信じて行動したママンの勝利です。彼女には幸福の女神が、ついていたんですね。

今私が、フランス南西の地に、暮らしていられるのは、ママンと相棒のお陰です。

フランス人相棒が、お母さんから受け継いだ、知力とカンの良さ、そして強靭な体の御蔭です。

彼女から、受け継いだ少しの遺産を元手に、フランス人相棒は、南仏西部のミネルボア村で築200年の、3階建の。石造りの壊れかけた家を購入しました。

その後、彼が自分で5年もの歳月をかけて、殆ど一人で、家を改装しました。そして、現在に至る事ができました。

ただただ、私は、

相棒のママン。彼女の事を思い出し

相棒の全身全霊を掛けた、家への取り組みを思い出しては、、

愛や、静かな感謝の気持ちや、何か心の栄養のような物が、湧いてくる、不思議な気持ちになるのです。

相棒一家の旅路の辿り着いた所。

何にも代えられない愛とか、勇気とか、強さを、私の心の中に、受け継いだように、思えてなりません。

感謝を込めて、一家のお話を終わらせて頂きます。

最後までお読み頂き、誠にありがとうございました。

ピエ・ノワールシリーズ番外編として、フランスで活躍した、ピエ・ノワールの天才達そして、ピエ・ノワールの血を引く日本の有名人達についてです。

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